2010年08月26日

母の命日

母が7月25日に亡くなり、丁度1ヶ月経ちました。
時間だけが早く過ぎていく気がして、
まだまだ落ち着かなぃ毎日ですが、家族・スタッフ含め、
少しずつ、心の穴を埋めております。

また、その節は沢山の方々にお世話になりました。
遅くなりましたが、この場で御礼申し上げます。
ありがとうございました。

5月中旬、腰痛があり、孫の子守りからじゃないかと湿布で対処。
下旬には湯沢温泉の女将仲間と海外旅行へ出掛け、
楽しかった♪と話してました。
6月中旬、頭痛、腰痛、ダルイなど体調不良を訴え、仕事を休みはじめました。
顔がコケ、身体が痩せてきた様に感じ、病院へ行くようにススメたり、
父にも病名わからなくとも、横浜の免疫治療を予約入れる様にも頼みました。
28日 長岡日赤病院へ外来で行ったが、即日入院。
夜タオル等入院道具持って行った。
綺麗な個室でベッドの上で起きて週刊誌見ていました。
30日検査。色素をとる手術をするので付き添った。2時間程の検査だった。
麻酔が効いて眠って戻るのるかと思ってたら、
車椅子で本人バリバリ意識ある状態で戻ってきた。
帰りがけに、看護婦さんがエレベーター迄走ってきた。
結果が今日出たら、夜でも来れるか?との確認だった。
嫌な予感がした。
結局しばらく連絡なく、結果が気になって、
7月2日の朝病院へ電話した。
16時、婦長から電話がきた。
直ぐに来て欲しいとの事。しかも、父も一緒にと。
なんとなく覚悟をして行った。
今までほとんど症例の無いマレで最悪な癌との事。既に末期状態。
もぅ何も治療は出来ないと。。。
余命は持って1ヶ月以内。と予想外の告知でした。
状況を把握してたものの、涙も出ませんでした。
ただ、医者の言う事は信じない、絶対回復させてみせる!って強く思いました。
病名は、甲状腺未分化癌。
妹は毎日 病院に通い、少しでも母の痛みが和らげばと話し相手したり、
医者に状況聞いたり、パソコンで病気の内容調べて私達に教えてくれました。
私が病室行くと、産後の私に気遣う為控えることに。
私は昔 大病した時にお世話になった医師達にも相談しましたが、皆「仕方ない。」
と異口同音。
父も仕事の合間に、母のとこへ行ってました。

7月24日 妹と長時間 母と一緒にいました。
偶然なのか必然的だったのか、
母の姉や従姉妹、姪が見舞いに来ました。
まるで呼ばれたかの様に。
その日はいつになくお喋りしました。
手でジェスチャーまでして。
さらには、冷たいお水をガバガバ飲みたい!とも言いました。
妹と考えてる事は一緒でした、【ヤダね。】って。

帰宅してから、様子を父に話すと、言葉にせずも父も同じように感じたらしく
明日は早く行こうかな。って。

25日9時の新幹線で父は病院へ。
追いかけて私も行く予定がナカナカ仕事が途切れなくて、11時代の新幹線を見送った。
12時2分発で…と駅へ向かって歩いてると
父から電話。
今亡くなっちゃった…。
思わず『えーウソー』セブンイレブンの前で大声出してしまった。
直ぐに涙が溢れてきたけど、妹に電話し一緒に病院へ。
あれから1ヶ月経ちました。

泣いてる暇なかったけど、今になって時々号泣してます。
しかも、8月25日は父の誕生日なんです。
母の誕生日も12月25日で、わざわざ25日を選んだかの様にも思えました。
昼間は母の祭壇の花を入れ替えて、夜は父に誕生日プレゼントを!
な〜んか複雑な感じでした。
  


Posted by ゆっこ at 22:59Comments(0)超~プライベート

2010年08月26日

今年の鮎は小さい



8月も終わるこの頃の魚野川の鮎は、もう少し太ってるのに。

今年はプチサイズ。
毎年、釣りバカな父が釣ってくるんだけと、今年は母が亡くなった事もあって
飲む事以外は自粛ムード。
釣り仲間が釣ってきた鮎です。

天然ものだから、頭からガブリと…飾り塩された尾が残るだけ!

今しか食べられなぃ、旬の味です。  


Posted by ゆっこ at 15:31Comments(0)旬の食